どうしよう。

あの幸村精市と、そんな、あんな、こんな、ことになってしまっていいのだろうか。勢いでホテルに入って成り行きに身を任せたものの、全く嫌な気はしない。昔からそうだけど、あの人は本当に人を嫌な気にさせないな。それどころかどうしよう。完璧でスマートで非の打ちどころのない彼が、自分の情けなさも性急さも全て曝け出しているなんて、愛しさすら湧いてきてしまう。思考が状況に追いつかず、今はとりあえずベッドに座って彼を待っている。ザアザアと流れるシャワー音がいつ途切れるかひやひやする。

「お待たせ」

少し濡れた毛先が一層彼の色気を際立たせていて、息を呑む。もう成るようになってしまえ。彼が隣に腰掛けると同時に触れられた肩が、緊張からかぶるりと震える。

「緊張、してる?」
「…………して、ます」
「そっか、俺も」

「でも大丈夫、優しくするから」と言われても何が大丈夫なのかわからない。先ほどソファでされた流れを踏襲するかのように、彼が髪を撫でて、丁寧に唇に口付けを落としてくる。何度も何度も触れるだけのキスを重ねて唇がふやけそうになる頃合いで、腔内に舌が入ってきて、ぶわっと身体に熱が宿る。きもちいい。もう何も考えられない。

「あっ…」

彼がひとしきり腔内を貪った後、唇を落とす場所が頬に、耳に、首筋に、徐々に移り変わっていく。長く節くれだった指がその口付けに連動して色んな場所に触れていく。彼がバスローブの腰ひもに手を掛ける時には私の息はすでにあがりきっていた。

「かわいい」
「ッ」

やわやわと下着越しに乳房を撫ぜていた両手がいつの間にか片方になって、もう片方の腕は器用にホックを外していた。こういうのって、事前に下着は着けておくものなのか脱いだままバスローブでいいのか未だにわからなくて、ぐるぐる考えているうちに彼が戻ってしまったのだ。私の泳いだ目線のせいで、思考まで見透かされてしまったのか、「つけてなくて良かったのに」と彼が言う。どうせ脱がせてしまうモノ。飾りだとはわかってはいるけれど。

「だって、恥ずかしっ、ん」
「でも嬉しいよ、脱がせるの興奮する、かわいいから」

彼の言動は身も蓋もなくストレートで、一気に顔に熱が集まった。私はあなたのこと、聖人君子だと思っていたのにそんな、興奮だなんて。またぐるぐると唸りかけた私を見下ろして彼はクスリと笑う。私の真っ赤になった頬に軽く口づけて、乳房を揉みしだいている掌から、指先を引っかけるように先端に触れた。乳輪廻りを舌でなぞられ、先を摘まれれば声が漏れる。

「あっ…ぅん」
「恥ずかしくないから、声出していいよ」
「ひっ、あ」

その時に、自分の脚の間がもう湿り始めていることに気が付いた。物欲しげで、はしたないと思われたらどうしよう。男の人にこんなにも丁寧に大切に抱かれたのは初めてだった。だからかはわからないが、戸惑いと心地よさと気持ち良さで、身体がこの先を想像して求めてしまう。彼の熱い掌は胸のふくらみを余すことなく弄んで、味わうようにゆっくりと、時折背中や腹部を擦ってくる。ちがう、気持ちいいけど違うの、そこじゃなくてもっと。自分では淫乱の部類ではないと思っていたのに、こんなにも、早く早くと浅ましく腰が動いてしまうのだ。

「ほしい?」
「っ、う」
「触って欲しい、だろ」

私に覆い被さった彼の少し乱暴な物言いに、もう言いなりになってしまう。ひりつく喉からやっとの思いで発した言葉は、懇願以外のなにものでもない。

「…おねがい、触って」
「はぁ、、、」

瞬間に大きな溜息を吐くから、彼の機嫌を損ねてしまったのかと泣きそうになる。のも、束の間。

「煽っちゃ駄目だよ」
「っア、ひゃ、ん…やだ、ぁ」

ぐずぐずに疼いた下半身に急に触れられて、思考を遮られた。下着のクロッチをなぞる指は突起に引っかけるように二三度上下を往復して、すぐさま中に割り込まれた。

「こんなに濡らしたら、つけてる意味ないね」
「はっ、う、あ、いや」
「いやじゃあないよね?もう脱がせるよ」

溢れた愛液のせいで冷たく濡れたショーツをあっという間に剥がされて、抵抗なんて出来ない。「気持ちいい、よね?」子供を甘やかすみたいに大きく優しく包み込みような声で言われたら堪らない。おねがいもっと甘やかして。垂れた液を塗りつけて、膨らんだ突起の皮を剥くように擦られるともうだめだ。

「や、ぅっ…あ、い、」
「大丈夫、そのままイけるよ」

だめ、気持よすぎると身を捩じらせた隙に、膣内に指が入ってきた。ずりずりとお腹の裏をなぞる指がもう駄目。第二関節を曲げられる度にそれだけで達してしまいそうなのに、丁寧に赤く熟れた突起まで擦られて追い打ちを掛けられる。こんなに気持ちよくなったこと、ない。

「あッ、ほんとに、だめっ、いっちゃう」
「イっていいよ」
「はァ…んッ、あ」

突起を強く押し潰されて、目の裏がチカチカする。「んッ」と自分で信じられないような一際甲高い声が出て、ぴんと爪先が張った。いま、わたしに、なにが。

「ああッ、はっ、こんなの、はじめて、ァッん、や、いッ」

身体が小刻みに痙攣すると一気に全身の力が抜けていった。荒い息を整えようとするけれど、身体のだるさと甘い痺れに何が起こったのか混乱するままだ。やっとの思いで薄目を開くと少し不服そうな表情の彼がいて。

「ゆ、ゆきむらくん、おこってる?」
「怒ってないよ。怒ってないけど、もどってきて」
「ひッ…い、たい…」

チクリと感じた痛みで、ぼうっとした感覚が引き戻された。横腹を、甘噛みされたのだ。「ごめんね痛かったね」とすぐに今つけた歯型を舌先で舐めとられて、そんな飴と鞭みたいな、ずるい。

「イけた?」
「わ、わかん、ない」
「煽らないでって、言ったのに」

「優しくしたいけど、あんまり煽られるとできない」
「あおって、なんか」
「煽られてるよ、ほら、俺にも触って」

そういわれても、どうすれば。持て余した指がしなやかな腹筋をなぞると「ん」と唸った。なんて綺麗な筋肉なんだろう。もうアラサーに差し掛かるのに、余計な脂肪が一切なくて程よく引き締まった体。滑らかで薄く縦筋の入ったそこを、ずっと撫でてしまいそう。

「くすぐったい」
「ごめんっ」
「ッはぁ……そこじゃなくて」

澄み切った淀みのない綺麗な声で、耳元で囁かれては心臓がいくつあっても足りない。いつまでたっても自発的に触れることができない私に痺れを切らして、彼は私の手をとった。下着越しに触れたそこはすでに膨らみきっている。男性を感じるその昂ぶりが今からどうなってしまうのかなんて、わかっているけどわかりたくない。

「君が散々に煽るから、こうなるだろ」
「ッ、」
「擦って」

下着に手を差し込まれて、言われるがままに、ゆるゆると雄をしごくと「はぁ」と熱い吐息が漏れた。立ち上がったそれから、だらりと先走りが零れる。幸村くんは熱に浮かされて苦しそうで、いけないことをしているみたい。

「早くナカに入りたい」
「えっ、んッ」

わざと下品に出されたような重めのリップ音とともに耳たぶを舐められる。そしてすぐさま、彼は上体を起こした。私が知っているのは、放課後のテニスコートでふと見かけた、ラケットを握る彼の大きな手。その高貴な手が、備え付けのチープなコンドームを荒く掴み取る。つける間も惜しがるように絶えず深い口付けをされて、絡まった舌が歯列をいやらしくなぞるので私は余裕を奪われてしまう。

「入れたいけど、」
「っ、ん、なに」
「お願いがあるんだ」

あっという間に避妊具が装着されて、固い膨らみを中心に感じる。薄い膜越しの熱が、割れ目をすりすりと擦る度にぐちゃぐちゃと溢れる蜜の音が鳴る。こんな切羽詰まった状況でお願いなんてされたら、私に拒否権なんてないじゃないか。

「名前、呼んで」
「…ッう、ゆ、きむら、くん」
「ちがう」
「アッ、いや、じらさないで」
「わかる、っだろ、早く入れさせて」
「っ、せいいち、はやく、いれて、おねがい」

「…お望みなら」

ゴクリと生唾を飲む音が聞こえて、瞬間、入り口が押し広げられた。ゆっくりと押したり引いたり、味わうような律動でナカを割り広げられていく。少し奥まで入っては浅いところまでずるずる引き抜かれる度に吸い付く襞が、名残惜しく彼を離してやるものかと訴えているようで。なんでこんな、気持ちいい。

やっと最奥までたどり着いた時、私の身体の中に自分の形を覚えこませるように、彼はきつく私の身体を抱き締めた。「夢みたいだ」と熱のこもった吐息を落とされれば、奥がずきずきと疼きだして、反射でナカがぎゅっと締まる。

「ああッ、ん、だめ、こんな」

もう、彼に何もかも奪われたい。

「か、みさま…」
「残ッ…念だけど、神はいないよ」

初めての気も狂いそうな快楽に怖くなって、何かに縋りたいそんな気持ちで発してしまった一言を、彼は掬って折っていく。「はぁ、ここにいるのは俺と君だけだから、神様に言えないようないやらしいことも出来ちゃうね」、悪戯っぽい声色でそう言われてに私にはもう、今を楽しむ余裕なんて、欠片もない。

内壁の上側の弱い場所や、ぐりぐりと最奥を圧されるたびに、目尻が潤む。「どうか、涙を拭いて」そう言われたけれど、気持ち良すぎて、わからないのだ。私の瞳から零れ落ちる雫さえも、彼がべろりと舐めとった。ああ、そんなの、しょっぱいだろうに。

「甘いね」
「ッん、あ、や」
「ごめんっ俺ももう、余裕がっ」

彼のこめかみから伝う珠のような汗をぬぐいたい。今目の前の欲望に、熱に浮かされた彼がたまらなく愛おしいて触れたいのに。伸ばした腕は彼に掬い取られ、シーツに縫い付けられてしまった。限界の近い彼に好きなように揺すられて、ナカがひくひくと畝っていくのがわかる。

「ッそんなに、締めたら」

どくどくと、ナカが一層に熱を帯びて。気持ちが良すぎて、わけがわからなくなって意識が遠のいてゆく。
意識が堕ちる寸前に「大好きだよ」と声が聞こえた。柔らかで温かくて心地良い、彼に満たされたこのままで、ずっといさせて。


◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆


朝起きて、あまりの現実の貴さに胸がいっぱいになった。
隣で規則正しい寝息を立てる彼女の安らかな寝顔、艶のある髪、きめの細かな素肌、全てが愛おしい。まるでその姿は一輪の花のようで心奪われる。君に似た花を思い浮かべて、花言葉はなんだったっけ、思い出せないけれど。やっとの思いで手にいれた花と思えば一層、その悦楽は計り知れない。

例えば立海の為にとか、会社の顧客の為にだとか、不本意だけど突然襲った病と向き合う為にとか、何かの為に人生の多くの時間を費やしてきた自分が、こんなにも自分の為に執着することがあるとは思わなかった。俺は俺の為に君を、誰かの為じゃなくて、ありのままの気持ちで君が欲しかった。君が好きな気持ちは今日まで変わらなかった。好きだよ、こうなりたいと思っていたよ、ずっと。今はまだ眠るあどけない横顔に、そっと口づける。

一世一代の告白だった。

「俺と結婚を前提に付き合ってください」と言った言葉に嘘偽りはない。俺は必ず部長になって本社に戻るから、その時はついてきてほしいんだ。だから。

君が起きたら、10年越しのこの恋の答えが聞きたいんだ。


( つづく )




@biwa.  花にたとえる君が好き( 2018/3 )