【attention】
◆大学生のせ/ふれ設定
◆甘くない、弄ばれたい方はどうぞ





「乗っていかない?」

大学の講義の帰り、どこかで見たことのあるような青い車が自分の前で止まって、窓が開いた。ちらりと見えた顔が相変わらず綺麗で、(真意はどうか知らないが)凄く優しい笑顔だったので、ついつい私は毎回この男の誘いに乗ってしまうのだ。

「…新手のナンパとかですか?」
「まあ、そう受け取って貰っても構わないよ」

彼の誘い文句には答えないものの、二言目には反対側に周り精市の車のドアを開けている。つくづく誘いに弱い女だ。まだ外の寒さに手がかじかんでいて、座席には座ったけれど、上手くドアを閉めることが出来ずにいた。突然に「半ドア」と呟いて此方に伸びてきた腕にドキリとする。
精市の動作はいつもいちいち人をドキドキさせる。

「寒かった?」
「うん。今日はとくに冷えるみたい」
「そっか。良かった迎えに来て。あ、コート後ろに投げていいよ」

「精市…大学は?」
「休講。お陰様で1日フリーだよ」

旧友とテニスをする時以外、外に出るのも面倒くさがるインドア派の彼が、折角オフの日にわざわざ車で外出なんて珍しい。そして出先で女を拾うだなんて、何か裏があるに決まっている。

「ねぇ、精市。あんまりむやみに女の子を助手席に乗せるのはどうかと思うんだけど、勘違いされない?」
「そういうはするの?勘違い」
「しないけど、しないこともない」
「曖昧な返事。第一それは乗ってるきみが言えること?」
「うん…まあ、正論だけど」

「ホラ、さ、目の前に差し出されたお菓子があると食べちゃう、みたいな?」
「安易だねー、毒があったらどうするつもり?」
「…毒があるの?」
「さあ、どうかな」

言葉を濁すのが、とても上手で。
さっき私に曖昧だと言ったくせに、私より精市の方がよっぽど曖昧じゃないか。

車はいくつかの信号を通過して、交差点を曲がり、景色もがらりと変わった。けれど怖くて行く先を訊くことは出来なかった。ようやく彼に尋ねることが出来たのは、車が見慣れたマンションに向かうルートに入ってからだ。

「まさかと思うから聞くけど、目的地は?」
「ん、おいしいご飯でもと思って」
「…大学の近くにおいしい所あったじゃない。ここら辺、ご飯食べる所なんてあった?」
「うん、俺の家」

全く開いた口が塞がらない。車に乗った次点で少しは予想出来ていたが、平然と言う彼の態度が気にくわない。いつまでも余裕なのだ。男の家に行く、といってその後のことを想像してしまうのは自意識過剰だろうか。そんな筈はないと思う。もう中高生の付き合いでは無いし、車で迎えに来られて家に直行なんて、やましい事を想像しない方がおかしいんじゃない。

「ね、あるのは毒なんかじゃなくて、下心なんじゃないの?」
「あはは、それは言えてるね」
「悪いけど、浮気相手に成り下がるのは御免だか…」
「浮気じゃないよ、安心して」

言葉を言い終わるか終らないかのところで素早く彼が言った。
会話を遮った声は、彼にしては珍しく力強く、一段声が低かった。

「嘘吐き。彼女いるじゃない」
「正確には“いた”、ね」
「…別れたの?」
「昨日付けで、さっぱりと」

意外と終りはあっさりしてるよねと続けて、自嘲気味に笑う。
先ほどから感じていた違和感の原因はこれで、私は彼のお相手をする為にここにいるってワケなんですね。妙に納得が出来た。昔から精市はいつもこうで、彼女と別れたら適当に私を誘う。憎たらしい、けど今まで拒否なんてしたことがない。

「いい加減、同情なんて出来ないわよ」
「同情はいらないよ。…本気で慰めてくれるだろ?」

相変わらずだ。何度も何度もこれを繰り返している。泥沼だなとはわかってはいても、何時までたっても止めることは出来ない。精市が好きなのかと問われれば違うと即答できるけれど、彼の身体が好きなのかとそうだと答えれば、それも言い訳になると思った。

気付いたのは逃げられないんじゃなくて逃げない自分。
散々いろんな事を考えた所で、結局どうせ今夜はこの男の腕の中で抱かれて眠ってしまうのだ。
何も考えずに抱かれるのが一番利口だと思った。



逃げない兎を狩る





( いつもより強引に抱かれた腕の中で、
この手が自分のものになればいいのに、と何故か思った )





@biwa.  ずるい男(2009)