【attention】
◆みじかい
◆暗い







仮説だよ。作り話であり、おとぎ話であり、下らない幻想かもしれない。

「何が?」

「水に融けたい魚の話」

はやっぱり話にならないといった顔をした。心底俺に呆れている。けれどきみは俺のことをどうしても放っておけない。勿論そうさせたのは俺自身で、自分の弱さで彼女の心をずっと束縛している。しかし当の本人も俺の素性を知っていながら離れようとしない。これは共犯だと確信出来るおかしな関係。

「死ぬのなら俺は水に融けてそのまま死にたい」

「…精市だけじゃなくてきっとみんなそういう死に方を望んでるよ」

「ちがうな」

はっきりとした否定。冷たい病院のベッドでは死にたくない、痛みを感じる死に方はしたくない、そんな物理的な理由でこんな可笑しなことを言い出したわけじやない。俺は自分自身が水を求めていることを知っている。

「魚に憑かれてるかも」

「・・・何か悪い夢でも見た、の?」

「うん、俺…さ、弱いんだよ。あーあ、真田は真田で俺のこと強い奴だと思い込んじゃってるし、他のレギュラーも俺のこと信じてくれてる。有り難いとは思うけど、俺はそんなに期待される程強い奴でもないし本当は逃げたいって思うし」

息苦しい。日に日にその気持ちは増すばかりだ。自分は深海魚で本来ならば海にいるべきだったのかもしれない。だから陸上(ここ)は自分にとって生きにくい。…ただの妄想でしかないことはわかっているけれど目を閉じると海底の深い青が浮かぶ。壁が白くて音の無いひっそりと
したこの空間は何故か海を彷佛させて、持て余す時間は余計な考えを浮かばせるばかり。

「事実なんて、受け止められないものだよ」

そう放った君の声は震えていた。だらだらと吐いた俺の愚痴のひとつひとつをしっかりと受け止めて、君はいつも小さな胸を痛めた。の心に傷を付けてはその傷で彼女を繋ぎとめる。俺は卑怯で弱い(そんなの言い訳でしかないことは重々承知の上だ)。

「そういえばね、この間自分の心臓の音を聴いて、」

それは医師の思いからだった。中学生でこんな状態になってしまった自分に対する同情やいたわりの気持ちからの行動だとは判っていた。患者に生を認識させるにはー番手っ取り早い方法。医師の手から受け取った聴診器は冷たくて、その冷たさで久しぶりに自分の体温を感じた気がした。しかし、医師の思いとは裏腹に、耳にこびりつくドクンドクンという鼓動が俺にはどうしても自分のそれとは違うもののように感じた。

「鼓動が、波の音に聞こえて仕方なかったんだ」

可笑しな話だろ?と暖味に笑う俺を、ゆめこは潤んだ瞳で真っ直ぐに見つめた。そんな視線を送られると、自分の全てを見透かされているように思えてドキリとする。
そして彼女は静かに言った。

「精市、どうして欲しい?」

容赦なく的確な質問の答えはひとつだけだった。



「交じり合いたい」


まるで溺れていく魚




抱きしめたきみが俺の胸に耳を当てた。

「海だね」

(言葉にならない程小さく呟いた君の声を聴いた)


@biwa.  くるり「尼崎の魚」(2009)