清々しくて爽やかな朝があるとすれば、迎えてみたい。普通だったら彼氏の家にお泊りだなんてそれだけでドキドキで、一夜を明かし一緒に過ごす朝は甘ったるく心地の良いものだと思う。そんな朝の風景に憧れてはいるものの、当の自分はお泊りが苦痛で仕方なかったりして…出来るものなら、いくら疲れていても事後に車で家まで送って欲しいと思うほど。別に彼のことが嫌いって訳じゃなくて、むしろ好きで好きで堪らないのだけど、本当にコレばかりは勘弁してほしい、ただそれだけなのだ。


Morning Paper



痛い。・・・精市と過ごす朝は痛みから始まって(いや、痛みに起こされると言った方が適切かもしれない)、その痛みのお陰で私はいっも精市より早く目が覚めてしまう。全身がチクリとして肩が酷く凝っていて、ベタではあるが腰が痛い。そっと精市の腕枕から抜けようと毎回試みてはいるが、寝ている間でも心なしか容赦の無い腕がそれを許してくれず、結局、成功したことはー度も無い。一体この細い腕のどこにそんな力があるのだろうとふと考えていたら、寝ていた精市が横でうーんと唸った。

朝方不機嫌な彼を起こしてしまうと面倒なのは重々承知だ。抜けようとしていたことがバ
レたらその上更にまずい状況になる。ついこの間、精市は寝ているだろうと高を括って腕枕を外し、体温で温まったベッドの外に出ようとしたらガシッと強く手首を掴まれ、あっという間に布団の中に引き戻された。その後の彼といったら機嫌が酷く悪い状態が続き、休日
だというのに半日あまり口をきいてもらえなかった。

「せ、精市、起きた?」

恐る恐る、静かに言葉をかけると彼はゆっくり瞼を開ける。いつもは綺麗に二重の線が出来ている切れ長の目は寝起きにはぼんやりしている。この身体の痛みさえなければ、そういう普段と違った彼を見られる機会である朝は好きなのに。


、いま、でようとしたよね?」
「してないよ、全然してない」


流石は精市。寝起きでも的確に痛いところを突いてくると感心している場合ではなくて…とっさに体勢を建て直して言い訳をした。するとガサッと上半身を起こした精市が溜め息を吐いた。そんなに自然に振舞われると今更だけど目のやり場に困るし、精市が起きたことで彼の身体にさらわれた布団のせいで身体が外気に触れて冷たい。


「さ…寒いってば」
「何か着る?それとも温まる?」


はっきりと二択の質問を迫る彼に、何か着てきます!と即答をする。だって温まるって精市のことだから何をされるかわからないし、想像しただけでも恐ろしい。
そして足早にベッドから出ようとした途端、全身を襲う痛みに思わずひっと小さな悲鳴が漏れて、身体が縮んだ。

「大丈夫?…腰、かな」

そう言って私の腰を擦る精市の有り得ない程ににこやかな表情が目についた「服、俺が取ってくるよ」と嬉しそうに言う彼に素直にありがとうと伝えるべきなのだろうか。紳士なんだかそうじゃないんだかわからなくて胡散臭い。それから「ハイ」と手渡されたのは真っ白な彼のパーカーで。思わず固まってしまう。

「えっと」
「寒いんでしょ、どうぞ」
「…寒いけど、これ精市のパーカー」
「うん、着るんなら手出して」
「い、いいよ自分でそれくらい着るし、」
「可愛くないね、ホラ、甘えられる時には甘えてよ。それに風邪引かれると俺が困るしさ」

当然のようにせっせとパーカーを着せる精市の仕草の一つ一つが優しくてなんだか恥ずかしくて、最後に彼の大きな手がジッパーを上げた時、私の顔は自分でも判る程赤く熟れていた。

「脱がすのも良いけど、たまには着せるのもいいかなって」

悪びれる様子もなく、精市がさらっと言う。どうしてこういう恥ずかしい事を平気で言えるのか。照れくさくなって髪を撫でようとした彼の手をサッと払いのけた。ふふふといつもの調子で彼が笑う。そうだ、いつもこんな風だから私はいつまでたっても肝心な事が言えないのだ。絆されてるばかりじゃいけないと思う。幸せだけど苦痛であることはきちんと伝えないといけないのに。

「ねえ精市、怒らないで聞いてくれる?」
「…何?」
「私は精市と、あまり一緒に寝たくないかもしれない」

一瞬、彼の表情が曇る。少し沈黙を置いた後に弱い声でそっか、と眩いた。あまりにも唐突な告白に彼は動揺しているのかもしれない。黙っているのはその証拠だ。一瞬で凍りついたた空気を拭い取るために、少し上ずった声で喋る。

「違うよ、た、多分精市が思ってるような感じの寝るじゃなくって、寝るのは良いの。でもその寝るっていうのはそうじゃなくてね。普通に睡眠するっていうか…」
「言いたい事は大体分ったけど、何でかな?」
「一緒に寝ると、居たい」

「腰が?」
「だから違うって!腰も痛いんだけど」
「俺が君をずっと抱きしめて眠るから、次の日身体が痛いんだろ?」

説明しようとしてしどろもどろになる私に彼が告げた答えは短いけれど的を得ていて、私は、そ、その通りですと口をパクパクさせた。結局のところ、彼には全てお見通しなのだ。


「ねえ、精市くん。わかってるんなら…」
「うーん、そうだな、これからは考慮するよ」

クスッと笑い彼の優しい表情が戻る。でもこの顔、判ってなさそうな気がするんですが、本当に考慮してくれるつもりなのかな。

「まあ、直らなかったら俺が床で寝るよ」
「それは駄目」

「わがままだな。じゃあ君が床で寝る?」

悪戯っ気を含んだ問いに、それもいやだ…とたじろぐ。「冗談だよ。君を床で寝かせるわけにはいかないし」と言った彼が、急に私を引き寄せてカ強く抱いた。

「いっ…!ちょっと精市、言った側から」
「だって可愛いから、」

「え!ちょっとねえ、なんか当たってる!」
「ごめんごめん…仕方ないだろ?」
「む、ムリムリ!痛いってば精市、駄目だよホント駄目ッ」


うるさく騒ぐ私の耳元で精市が低い声で呟いた。

「黙ってさせて?」

そう一言言われると逆らうことが出来なくて、せっかく精市が着せてくれた私にとってはサイズが大きいだぼだぼのパーカーは、また脱がされるハメになった。文句を言うと「また着せるから」と彼が心底嬉しそうに笑った。

これだから、日曜の朝は!


( この男に反省や改善の余地は無いと思うの )



@biwa.  当時幸村は「パワーS」設定で巷を騒がせていました(2008)