恋には少なからず引力が働く。 高校生の冬に、初めて彼とキスをした。 あの頃はという言い方はあまり好きではないけれど、言うならばあの頃は、今よりもずっと若くて幼かったのに何故か直感でそう感じた。 チクリと刺すような寒さの中で頬に冷たい手が触れた。線は細いのに大きく骨ばっている白い綺麗な手。その手はそのまま私の髪をすき、かき上げ、横髪を耳にかける。その瞬間、全ての動作が止まっているように遅く見える。スローモーション、映画のフィルムを一枚一枚コマ送りにしたような不思議な光景。自分に起きている時日が驚くほど客観的に見えてしまう。 彼の上体が動き、前かがみになる。故意に合わされた目線が真っ直ぐにぶつかった。彼の身長と私の身長が重なることなんて滅多にないのに。あと数センチで精市の紅い唇が触れる、寸前。 「閉じないの?」 キスをする寸前、私の瞳は開かれたままだった。だって、彼が私にすることはこの目で見ていたい…嘘。本当は精市が目を閉じる暇も与えてくれなかったからだ。 彼が近い。恋をして、好きになった人の側にいるとすべてに敏感になる。彼の発した言葉で震える空気さえ肌で感じることが出来るのだ。彼の問いに何も答えずにぎゅっと目を閉じた。そうすることしか出来なかったし、この場合、そうすることが答えだった。 彼はキスをした。 甘くて柔らかい初めての、優しい小鳥のさえずるようなキス…ではなくて、ぱくり、と噛み付いた。んんっと唸って眉間にシワがよっていくのがわかった。まだ唇は離れずに彼の舌が口内で踊る。恥ずかしいとは思ったけれど、不思議と嫌だとは感じなかった。 「っ、は」 数秒後、やっと離れた唇からは荒くなった息が溢れて冬の空気を白くした。この白は私が今まで見た白の中で一番はげしくて美しい白だ。 この時からきっともう、自分達が互いに離れることの出来ない磁石だと知っていた。 そしてそれから何年も経った今年も、相変わらず精市と手を繋いでいる。久し振りに二人で出かけた街は赤と緑のイルミネーションで彩られていて眩しいほど綺麗だった。 精市がチラリとこちらを見た。またあの時と同じように上体を折る。、と私の名前をやさしく呼んで彼の気配がどんどん近くなる。 「閉じないの?」 その言葉に笑ってぎゅっと目を閉じる。 そして彼はやっぱり噛み付くようなキスをした。 @biwa. 一時期狂ったように山田詠美を読んでいた(2007) |