今、目の前に座っている彼は機嫌が悪い。
…ではなくて。正しくは機嫌が「とても」悪い。

周りから見れば彼の柔らかい笑顔はおそらく、物分かりの良い優しい彼氏だと印象付けられるだろうし、微笑ましいデートの真っ最中に見えるだろう。しかし、私には今彼が心の中で本当はどのような表情をしているかが容易に想像出来てしまう。彼は笑っているのではなく、静かに怒っているのだ。

「あの、食ベないの?」

手元に置かれたショートケーキをフオークでつつきながら精市の表情をうかがってみる。相変わらずの笑顔。それが何を意味するかは考えただけでも恐ろしい。

「俺はいいから、良かったら俺の分もどうぞ」

精市が、と反発しそうになって口を噤んだ。精市が「甘い物食ベたくない?」って言うから来たんでしよ、と言いたかったけれど、ここは黙っておいた方が利口だ。

付き合って少しもしないうちに分った。彼の話す勧誘系の疑問は、断定の命令だ。「〜しない?」「〜行かないか?」って。語尾の半音上がる柔和な響きの言葉は本当は「〜するだろ」「〜行くだろ」の意味。だから今日だって、学校帰りに珍しく部活の無い精市とカフェに来ることになったのだ。もちろん彼と一緒に過ごせるのは嬉しいけれど、単にデートだとは喜ベない(何せあの笑顔だ)。

「精市、そんなにずっと見られると恥ずかしいんだけど…」
「そう、緊張しなくていいよ?」

彼から痛いほどの視線を感じる。何か言いたそうだけれど、決して言わない。曖昧に笑ったままで頬杖をついてじっと私を見つめるだけだ。彼が言いたい事は一体何で、何に対してそんなに怒っているのかが全くわからない。最近の行動を振り返ってみたところで自分が精市に対して彼の怒るようなことをした覚えは無い。自分で自分のことはそんなに鈍感な方だとは思わないし、何か彼にしたことを度忘れしているとも思えない。

じゃあ、一体何が?

真っ白なクリームをフォークで掬う。ベタだけど私はやっぱり王道のこのケーキが好きだ。黄色くてふわっとしたスポンジの間から見える赤がなんとも言えないと思う。ショートケーキの苺は昔から最後に残して食ベる派だから、慎重に苺を生クリームで飾られたスポンジの上からお皿の上に移す。フォークにのったケーキを一ロ食ベる。

甘い…なんて、ケーキを口に運びながら考えてみたところで、答えは出ない。

「おいしい?」
「…う、うん?」

沈黙を続けていた彼が急に口を訊いた。突然の事だったから驚いて、間の抜けた返事を返してしまった。「すごくおいしいよ」と急いで付け足すと彼がまた曖昧に笑った。
(だから、何なの?)


「甘いもの好きだって、蓮二から聞いたよ」
「へ?」

何でいきなり精市の口から柳くんの名前が!私の今の心境はビックリマーク一個分では足りない程だ。思わずフォークを落としそうになった。驚いた。ここで何で彼が出て来るのだろう。いくら記憶をたどってみようが、やっぱり思い当たる節は見当たらない。

見かねた精市が目を細めて言った。

「『は甘味が好きだと言っていたが、今度甘味処にでも連れて行ってやったらどうだ?』」

「わ、柳くんのモノマネ?似てる!今時甘味処ってのが柳くんらしいよね」
「…じゃなくて、蓮二にそう言われたんだよ」

精市の声が溜め息交じりになる。そういえば確かに数日前にクラスでたまたま柳くんとそんな話をしたっけ。しかし、何故それが精市を怒らす原因に?考えてみても頭に浮かぶのはやっぱりクエスチョンマークだけだった。

「わかってない」
「わ、かんないよ!何でそんなに怒ってるの」

精市からどんくさいと言わんばかりの視線。私はただただ俯いて答えを探すばかりだ。そんな私に痺れを切らして精市が口を開く。「だからさ」

「そういうことは、俺に言ってよ」
「ん?…ん?」
「蓮二に言うんじゃなくて、俺に」
「柳くんじゃなくて、精市に?」
「そう、俺に」

精市の言っている意味がよく分らず、私は未だに浮かんだままの疑問符が消化しきれない。会話の中にヒントはいっぱいある筈なのに、それが答えに直接繋がらないのだ。というより…もしかすると私は自分の思っているより数倍鈍感なのかもしれない。こんな私の性格を良く知っている精市は、私が問題を理解するのを待つ気も無いらしく、はっきりと言った。

「俺はのことを他人から聞くのは嫌だし、俺の知らないの君のことを他人が知っているのも嫌なんだ。だから、そういうことはこれから全部俺に話してって話」

…ああ、そういうことね!

ここまで聞いてやっと彼の言っていることが理解できた。何というか、それってつまりは…そういうことだと理解していいのでしょうか。プライドの高い精市にそう尋ねたらきっと否定するでしょうけど。

「ねえ精市、一つ聞いていいかな?」
「何」
「もしかして、ね、妬いてる?」
「さあ、どうかな」

今まで逸れることのなかった視線がさっと逸れる。精市からは例の笑みは消えて、黙ってなにも言わない。その代わりに少し頬に赤みが差した気がするのだけれど、それは肯定だと受け取ることにしておいた。ああ、可愛いなあと初めて思う。(男子に向かってこういう表現は酷かもしれない)(でもそう思わずにはいられない)

いつもこんな風だったら精市はとても可愛いのに。と、思った矢先の出来事。



「あ、ああああ〜〜〜!!!」


最後に取っておいたお楽しみの苺にグサっと突きつけられたフォークが、精市の口にめがけて一直線。自慢のテニスの練習で鍛えた成果か、素早い動きは止める隙を与えずに、時すでに遅し。苺は精市の口の中に。あわてて反撃に出たものの、果たして適う敵なのか。

「せ、ちょっと、それはナイんじゃないかなあ!」
「何か、気に食わなかったから」

前言撤回。可愛いなんてとんでもない。
暴君か鬼かただのわがままっ子か。それとも照れ隠しの下手なやきもち妬きか。

名称を考えてみたところ、いずれにせよどれも精市に当てはまるなあと思った。


甘いケーキを召し上がれ




(恋はきっとショートケーキのように甘酸っぱい)




@biwa.  割と暴君な幸村に魅かれます(2008/10)